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東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)171号 判決

一 請求の原因一、二の事実及び原明細書、前補正、第一補正ないし第三補正の各本願発明の要旨が原告主張のとおりであることは、当業者間に争いがない。

二 そこで、原告主張の各決定取消事由の存否について判断する。

1 原明細書の記載

成立に争いのない甲第七号証によれば、原明細書には次の記載があることが認められる。

(一) 特許請求の範囲

「(1) けい素原子に直結した水素原子を含有するオルガノハイドロジエンポリシロキサン、(2) けい素原子に直結した不飽和炭化水素基を含有するオルガノポリシロキサン(以下「ビニルポリシロキサン」という。)(3) 白金、コバルト、パラジウムあるいはそれらの化合物の一種または二種以上を主剤として成る離型用組成物。」

(二) 発明の詳細な説明

(1) 発明の課題に関して「しかしながら、この公知の組成物にはその処理を三〇ないし六〇秒のような短時間で行なわせるためには、これを一五〇ないし一八〇度Cの比較的高温で熱処理しなければ十分な硬化皮膜が形成されないという不利があるほか、これにはまたかかるシリコーン処理面が十分熱処理されていてもその処理面を相互に密着させるとここに発生するブロツキング現象のためにこれを無理に引きはがすと処理面が破損するという不利があり、したがつてこれを紙等の基材の両面に処理することなどは回避しなければならないという欠点があつた。……この発明は、上記のごとき諸欠点を解決した離型用シリコーン組成物を提供しようとするもので、」(同号証一頁一七行ないし二頁一三行)

(2) ビニルポリシロキサンに関して「また上記の不飽和炭化水素基含有オルガノポリシロキサンは分子鎖中に単位式RaR´bsio<省略>(式中R´は一価の不飽和炭化水素基であり、R、a、bについては夫々前式の場合と同様である)を有するものであればよく、これは線状、分枝状または部分的に交叉結合したもの、あるいはそれらの混合物のいずれでもよい。また、これはその分子量についても特に制限はないが一般には二五度Cにおける粘度が三〇万CS以上であるものとすることが好ましい。」(同号証四頁末行ないし五頁九行)

(3) ビニルポリシロキサンの分子鎖末端基に関して「〇・五モル%のビニル基を含有する粘度二五〇万CS/二五℃末端トリメチルシリル基メチルポリシロキサン」(同号証八頁、一六行ないし一八行)、(ビニル基を〇・三モル%含有する粘度二五〇万CS/二五℃の末端トリメチルシリル基メチルポリシロキサン」(同号証一一頁一七行ないし一九行)

(4) ビニルポリシロキサンについて、その分子鎖末端が水酸基のものを除外する記載はない。

2 原明細書記載の発明におけるビニルポリシロキサンについて

ところで、成立に争いのない甲第二一号証(昭和三七年一〇月、日刊工業新聞社発行プラスチツク材料講座六、田村喜八著「けい素樹脂」)には「ゴムは一般にジメチルシロキサンのテトラマーを経た高純度のジメチルシロキサンをベースにし末端は水酸基になつているので」と記載され、また成立に争いのない甲第二三号証(昭和三〇年九月丸善株式会社発行、Eugene G. Rooho W信越化学中央研究所訳「シリコーンの化学」)には「シリコーンゴムを硬化させるためにはいろいろの方法があつて化学的の複雑性にもピンからキリまである。型にはめて熱だけで硬化させるのは(すなわち残つた末端の水酸基の縮合のみによるのは)実際には不可能である。」と記載されており、これらの記載及び弁論の全趣旨によれば、本願出願当時において、シリコーンゴムと称されるものは、分子鎖末端に水酸基が存在するのが技術常識として普通のこととされていたことが認められる。

しかも、成立に争いのない甲第一九号証(昭和三三年五月一六日出願、特許出願公告昭和三六年第一三九七号特許公報)に「キシロール可溶性の分子量の著しく大きな常温に於て極めて高粘性のポリシロキサン屡々シリーンガム(前後の記載等弁論の全趣旨により、シリコーンガムの誤記と認められる)」と記載されているように、分子量の大きな常温で高粘度のオルガノポリシロキサンがシリコーンゴムと称されていることは技術常識と認められるところ、前記のように、原明細書には、ビニルポリシロキサンについて、分子鎖中に単位式RaHbsio<省略>を有すればよく、線状、分枝状、または部分的に交叉結合したもの、あるいはそれらの混合物でもよいこと、また二五度Cにおける粘度が三〇万CS以上であるものが好ましいことが記載されているので、原明細書におけるビニルポリシロキサンには、シリコーンゴムと称されるものを包含することが明らかである。

そうすると、ビニルポリシロキサンについてその分子鎖末端が水酸基であるものを除外する旨の記載がない、原明細書におけるビニルポリシロキサンには、分子鎖末端が水酸基であるものをも包含すると、解すべきである。

なお、被告は、分子鎖末端の水酸基がブロツキング現象の一因となつているとして、ブロツキング現象の欠点を解決しようとする本願発明においては、そのビニルポリシロキサンには、その分子鎖末端が水酸基であるものが、当然には含まれないとする。しかしながら、成立に争いのない乙第一号証には、生ゴム中の水酸基が常温で架橋を生成するのに関与することの記載があり、成立に争いのない乙第二号証にはシリコーンワニスのシラノール基すなわち水酸基が硬化に関与する記載はあるものの、いずれにしてもブロツキング現象に触れるものではなく、他にその分子鎖末端の水酸基がブロツキング現象の原因となることを証する資料はないので、その主張は採用することができない。

なおまた、成立に争いのない甲第九号証、第一〇号証によつて認められる原告の補正の意図の変転の経緯も右認定を左右するものではない。

3 第一決定ないし第三決定の当否

前記認定のように、原明細書の発明に記載されたビニルポリシロキサンには、分子鎖末端が水酸基であるものを包含すると解すべきであるから、原明細書がこれを包含しないことを前提に、第一補正、第二補正が、ビニルポリシロキサンについてその分子鎖末端に水酸基を持つていてよい旨の記載を発明の詳細な説明に補充し、対応する実施例を加えたことをもつて原明細書の要旨を変更するものであるとして、これらを却下した第一決定、第二決定は判断を誤つたものであり、また第二補正によつて補正された明細書について若干の字句の一部を補正する第三補正が、原明細書の要旨を変更する第二補正を前提とするものであるから、同じく原明細書の要旨を変更するものとしてこれを却下した第三決定も、また判断を誤つたものであつて、第一決定ないし第三決定は、いずれも違法であつて取消されねばならない。

三 そうすると、第一決定ないし第三決定の取消を求める本訴請求はいずれも理由があるから、これを認容することとする。

〔編註〕 本願発明に関する事項は左のとおりである。

一 特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「離型用シリコーン組成物」とする発明(以下「本願発明」という。)につき、昭和四二年一一月一〇日特許出願(特許願昭和四二年第七二三〇六号)をし、昭和四五年一〇月一九日付手続補正書により明細書の全文を補正したが、昭和四六年六月一五日拒絶査定を受けたので、同年七月一二日これに対する審判を請求し、昭和四六年審判第五三四二号事件として、審理されたが、その審判係属中昭和四七年六月一二日付手続補正書により明細書の全文を補正(以下「第一補正」という。)し、昭和五一年一一月一五日付手続補正書により、発明の名称を「シート状基材面に耐ブロツキング性にすぐれた離型性被膜を形成する方法」として明細書の全文を補正(以下「第二補正」という。)し、昭和五一年一二月二九日付手続補正書により、第二補正の一部を補正(以下「第三補正」という。)したところ、昭和五五年四月二五日右第一ないし第三補正をそれぞれ却下する旨の各補正の却下の決定(以下「右補正の順に第一ないし第三決定」という。)があり、その各謄本は同年五月二四日原告に送達された。

二 各決定の理由

第一ないし第三決定は、それぞれ第一ないし第三補正をもつて、本願発明の願書に最初に添付された明細書(以下「原明細書」という。)に記載された事項の範囲を超え、明細書の要旨を変更するものであるとして、特許法第一五九条第一項で準用する同法第五三条第一項の規定により却下すべきであるとするものである。そしてその理由は次のとおりである。

(1) 第一及び第二決定の理由

上記手続補正は、明細書全文を補正するものであつて、本願発明の組成物の主成分であるポリシロキサン(ビニルポリシロキサン、)についてその分子鎖末端が水酸基を持つていてもよい旨の記載を発明の詳細な説明に補充するとともに、対応する実施例を補充する補正事項を含んでいる。

ところが、原明細書には、上記分子鎖末端についての説明は何ら記載されておらず、わずかに、上記ポリシロキサンの分子鎖末端がトリメチルシリル基を持つている場合の実施例が記載されているにすぎず、それが水酸基を持つていてもよい旨の積極的記載も、その場合についての実施例も記載されていない。

そして、原告(請求人)は、上記手続補正に先立つ昭和四五年一〇月一九日付の明細書全文を補正する手続補正において上記分子鎖末端がトリオルガノシリル基である旨の、換言すれば上記分子鎖末端が水酸基を持つ場合を排除する記載を特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の双方において補充するとともに、上記分子鎖末端が水酸基を持つものである場合の例を比較例として補充し、且つ同日付の意見書において「本願発明による場合は前記したイ)~ハ)の注目すべき効果が与えられますが、主成分とされる第1成分がその分子鎖末端において水酸基を有するものであるときは、仮令その側鎖にビニル基などの不飽和炭化水素基をもつていても本願の効果(とくにロ)の効果)は与えられず」と主張しており、この事実に徴すれば、原明細書に上記分子鎖末端が水酸基を持つていてもよい旨の積極的記載がないことは、上記分子鎖末端が水酸基を持つている場合を排除することを意図するものであるといわざるをえない。

(2) 第三決定の理由

上記手続補正は、第二補正によつて全文補正された明細書について、さらにその一部を補正しようとするものである。

ところで、先の手続補正は、それに対する補正の却下の決定の理由に示したように、明細書の要旨を変更するものである。

そして、上記手続補正は、先の手続補正による明細書の要旨の変更を治癒するものではなく、それを前提とするものであるから、これまた明細書の要旨を変更するものというほかはない。

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